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性風俗からの学び


社会が悪くなる原因

私は、性風俗の環境でも、モラルある環境つくりに取り組んでいます。しかし、働く女性が、性風俗を利用する男性が、女性を口説くのは仕方はないと思って仕事をすると、モラルある環境はできません。

社会も同じです。日本社会が正しいことができないのは仕方がないと思う大人が増えるから、社会が改善されません。

物事を妥協する人間の心が、社会や環境に悪影響を及ぼします。


私の考えに対し、私の友人は「とても良いことだ」と言います。私のように情熱を持って取り組むことがある生き方に対し「うらやましい」と言います。しかし、私のような生き方は、真似のできない生き方だから「人から反発される考え方だ」と言います。

しかし、正しいことに反発をするから、物事の善悪がわからない人間になります。物事の善悪がわからない大人が子供を育てるから、モラルのない子供が増えます。

正しいことを正しく認識できないゆがんだ心が、子供の心に悪影響を及ぼします。



性の乱れは、社会の乱れ

性の乱れは、社会の乱れと言われます。私は、人々の性に対する意識を、私が子供の頃の意識に戻すことで、日本社会を改善することに取り組みます。

私が子供の頃(1980年代前半)の社会の風潮は、女性が水商売で働くことは恥ずかしいことでした。女性が男性の愛人になることは恥ずかしいことでした。しかし現代社会では、性風俗も立派なビジネスだと言う人間が増えました。男性の愛人でも良いから贅沢な生活を求める女性が増えました。大人の羞恥心がなくなることで、小学生の女の子が将来の夢がキャバクラ嬢になることだと言いだす社会になりました。

私が取り組むことは、目先の金や自分の欲望を重視した生き方をすると、心の強い子供を育てることができない親になることを世間に訴えます。それによって、金と欲しかない水商売や性風俗の仕事は、人として最低の仕事だと言うことを世間に認識させることで、人々の性に対する意識を変えていきます。


私は、性風俗や水商売の仕事が悪いと言っているのではありません。ただ、性風俗や水商売の仕事は、社会や人の心に悪影響を及ぼす仕事だと自覚をすることが大事だと言っているのです。

なぜなら、性風俗や水商売で金を儲けたり、己の欲望を満たすためにこのような場所を利用することに羞恥心がなくなった人間は、人の努力を踏みにじる身勝手な人間になるからです。

女性を金で買うことに羞恥心のなくなった社会では、公の金を横領してまで、愛人の生活費や、銀座で豪遊する事件が多発します。

しかし、男性が、妻や恋人以外の女性と接したいと思うのは仕方がありません。だから、キャバクラや性風俗が成り立ちます。しかし、キャバクラや性風俗を利用することに羞恥心のない男性が増えることで、身勝手な男性が増加します。

私は、性風俗の仕事で働く女性が、将来しっかりとした子供が育てられるように、性風俗の仕事を通じて人間性教育に取り組みました。しかし、私の取り組みを批判する人間がいます。私の店を利用する男性が、私の店で働く女性に、私の取り組みを批判し女性を口説きます。

人の努力を踏みにじる大人が、子供を育てるのだから、モラルのない子供が増え、弱い者を集団でイジメる社会になるのは当然です



意識改革

現代の女性は、自分の生活を豊かにする基準で男性を選ぶ女性が増えています。そのため、日本社会は金に価値を求める社会となります。

正しい社会を作るためには、女性が、子供を一緒に育てるパ−トナ―として男性を選ぶようになれば、社会は人の品性に価値を求める社会となります。

人の品性に価値を求める社会になれば、目先の金を優先する男性が相手にされない社会となります。

男性が金や権力を持つと、その力を利用して多数の女性と付き合います。このよ うなモラルの低い男に企業や社会を任せることができないと思う女性が社会に進出するようになれば、日本社会は子供たちにとって住みやすい社会となります。


価値観

結果を重視する人間は、結果を出すためにマニュアルや手法を求めます。しかし、私のようにプロセスを重視する人間は、結果を出すために、まずは問題点を分析します。それから、自分の力で結果を出すための方法を作り出します。

そのため、マニュアルがなければなにもできない人間は短絡的な思考になりますが、自分の力で方法を作り出す人間は、物事を深く考える思考になります。

この思考の違いが、価値観の違いになります。

短絡的な思考の人間は、物事を深く考えることができません。それが自分の心に妥協する原因となります。自分の心に妥協する人間は、目先の金や己の欲望を求めるようになります。それが、身勝手な人間になる原因です。

物事を深く考えることができる人間は、自分の前に立ちはだかる困難と立ち向かう能力を持ちます。それが、目先の金や人の意見に左右されない強い心に成長します。

現代社会は、結果を重視する社会です。その結果、社会のモラルは崩壊しています。私は、プロセスを重視する社会環境をつくっていくことで、100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりに取り組みます。

私の考えに賛同する人々と、社会を改善するための努力をする過程に大きな可能性があると、私は自分を信じているからです。


私のように心の強い生き方ができる人間は、自分よりも弱い立場の人間を利用してまで金を儲けようとは思いません。自分よりも立場の強い人間にへつらってまで人に気に入られようとは思いません。それが、物事の善悪を判断する基準となります。

私のように心の強い生き方ができない人間は、社会に貢献することや人に尽くす意識で、生活をしなければなりません。正しいことを意識することで、目先の金や己の欲望を求める時間が少なくなります。

自分の心に甘い人間が、目先の金や結果を重視する生き方をするから、自分よりも弱い人間にはえらそうになり、自分よりも立場の強い人間にはへつらう態度になります。このような生き方をすると、努力をする人間を平気で批判し、人の見ていない場では不正をします。

私のように心の強い生き方は、普通の人間には真似ができないかもしれません。しかし、正しい生き方をすることは、もっと不可能なことです。だから、昔の日本人は、羞恥心と言う意識がありました。

目先の金を追うことや、金で女を買うことに羞恥心のなくなった社会は、社会のモラルや子供たちの心が崩壊します。


天才とは、99%の洞察力と、1%の勘違い

たった一人の人間が、社会を改善させることなどできません。しかし、たった一人の人間の信念が、社会を変える切っ掛けになる可能性はあります。

私は、このステ−ジに立つために、自分の幸せを犠牲にし、5年間無欲に努力をしました。

自分の可能性を信じることができて、自分を律することができる人間は、目先の金よりも大事な価値を知る人間になります。


エジソンは、“天才とは、1%のひらめきと99%の努力である”と言いました。

しかし、大多数の人間が、”1%のひらめき”すらないのです。私は、5年前に、性風俗の仕事を通じて、日本社会が悪くなる原因、日本社会を改善するためのプロセスを理解しました。

しかし、自分の理解したことを、人に理解させるために、5年の月日を要しました。たとえ、”1%のひらめき”があったとしても、それを具体化させるには、途方もない労力が必要なのです。それは、目先の金や己の欲望を重視していては、取り組めない努力です。逆に言えば、目先の金よりも大事な価値を知る人間でなければ、”1%のひらめき”を得ることはできません。

もし、私が、自分の考えを人に理解させるために、ここまで努力をしなければいけないとわかっていれば、私はこんな努力はしません。どうすれば、こんな簡単なことを人に理解させることができるのかを考えた日々の積み重ねが、5年の月日になっていただけです。

天才とは、99%の洞察力と、1%の勘違いです。

すべての答えがわかっているから、こんな簡単なことに妥協をすることができなかっただけです。